HEAVENインタビュー1992 by 森田恭子

FM802 MUSIC GUMBO FRIDAY
HEAVEN 中村敦+塚本晃 '92.5.22 オンエア



――デビュー・アルバムが「WONDERFUL LIFE」というタイトルなんですけど、このレコーディングは今年に入ってから始まったんですか?
塚本 そうですね。今年の2月の頭ですか。
――フランスに行ったんですよね。どうでしたか、レコーディングは。
塚本 いや、そんな難もなく。
――スムーズに?
中村 1ヵ月くらいで録れましたね。
――曲は全部持って行ったんですか、こっちから。
塚本 もう、曲順まで決めてね、向こうに持って行って。
中村 録るだけ、っていう。
――じゃ、すごくやりたいことは見えてたんだ。
塚本 そのときのやりたいことは見えてたんじゃないかな。
中村 そうですね。
――で、実際にできあがって、どうですか?
中村 やっばり、曲はね、全部に言えるけど、書けばもう過去だからね。
――書いた時点で。
中村 ウン、離れていくでしよ。それに責め立てられるし。だから、書いた時点だけですよね、満足してるのは。あとはもう、責められるから。書いた言葉とかに。
――自分か書いた言葉に?
中村 ウン。で、やっぱりそれ見て、今だったらもっとこう言うな、とかいう気持ちにかられて、またすぐ.....実際、前もね、話したけど、レコーディング終わってから、すぐそういう思いにかられてかどうか、定かじゃないけど、すぐ曲書きました。また合宿して、7曲くらい書いて。ウン。
――なんか、今の言葉を聞くと、すこく切羽詰まった感じというふうに聞こえますけど。
塚本 切羽詰まるっていうか、こう、自分の作品に対してさ、自分が何かしら次の新しい答えを見つけてくことが好きなんだよね、きっとね。そうしてないと逆に、不安になるし。
中村 いや、切羽詰まってるんだと思う、俺。曲との関係はいつも。だからね、例えば、これよく言われるんだけどさ、「WONDERFUL LIFE」っていうアルバム、もう聞いた人が何人かいるじゃない。で、すごい、リラックスして、のどかな感じのアルバムですね、って、そういうふうに作ったんですか、って言われるけど、全然逆でさ、もう、ムキだよね。こっちは真剣だしさ、曲作るってことは、やっぱ俺、今までになくヘビーだなって感じてるしね、最近。だから他の状況とかさ、対他の人、とかいうことよりも何よりも、曲と、あとツカとの間とかさ、そういうのかいちばん切羽詰まってるから。で、切羽詰まりたいんだよね。ムキになりてえ、っていうか。
―どうして?
中村 あのね、これはだから、人とやる、ってことに大きく関わってくるのかもしれないけどさ、漠然とだけど、音楽は1人でやったほうがいいんじゃないかな、と思うわけ。まぁ、前のバンドやめた時点でもやっぱ、人との折り合いっていうことはいろいろ考えたし、やっばり、なんで今2人でやってるかっていうと、俺は、喧嘩できるからやってるの。喧嘩しながら作れるから、すごく俺は影響受けるのね。でも、ホント、音楽作るって、極個人的なことじゃない。で、詞なんか特に、自分自身に尋問してさ、それを自状して言葉にするだけの話でさ。だからやっば、そういうところでさ、その関係がピリピリしてなかったら、俺、あんまり人とやる意味がないんだよね。影響受けないしさ。自分の中で例えば自分の美学とかあるじゃない。思い入れとか。そういうものだけでも、音楽は絶対成り立つからさ。好きなサウンドとか好きな言葉だけでも。でも、もっともっと中を見るためにさ、やっばり人とやるっていうの、僕はすごくデカイんですよね。
――ああ、なるほどね。
中村 甘えないで済むし。詞とか書いててもさ、勢いで書いちゃうと、お互い怒るのね。これはおまえ、違うんじゃない?、っていう。そういう作業って自分の中でもあるけど、案外ほら、キャパが広いから、自分自身のものに対しては。ウン、っていうとこかな。
――ウン、そうですか。塚本さんは?
塚本 ウン、そうですよ。だからやっぱ、何か言葉にすることとか、例えば満足することとかさ、人に何か伝えることとかってさ、いや、俺ね、満足しなくてもいいんですよ、全然。満足しなくてもいいんだけど、ただそこで.....いや、捉え方違うけれども、すべてが満たされるとかさ、そういうところを求めてるんじゃなくて、結局、自分が生活しながら何かと向き合うっていうか、そりゃ背くときもあるだろうけど、やっばり向き合っていくことを自分でできてると思えるときがいいんだよね。だからその言葉尻で何かものを捉えることとかっていうのを、なるべく自分の中から排除したいなと思ってるんだよね。だから本当に感じてるのか、ま、難しいんだけど、言葉尻を捉えることも自分の中で感じるってことになることはなるけどさ、でも俺としてはさ、その本当に感じるとこって何だろうなとか、やっぱり思うよね。だから自分の出したアルバムが青いと思ったりさ、っていうのは一生あるだろうしね。
――ウン。.....なんか、すごく話が深いところにきてしまったけど。
塚本 逸れてしまったかな。
――いや、逸れてはいないけど。
中村 だからまぁ、簡単に、去年の暮れね、(ライブを)アコースティックでまわってたときの曲をやらない、(アルバムに)入れなかったっていうのは、やっぱり作るときのテンションと違うからですよね。ウン。だから、新しく書いたし、結局、書いたものをまた聞いて、それとまた違う自分が絶対表れてるから、それをまた書くっていう。ずーっと、それの繰り返しかなと思うけど。
――やっぱり、歌を作るとかっていうことってね、今はすごく簡単に作れちゃう人もいるみたいなんですけど、コマーシャルな部分ではなくて、対自分とか、対自分の好きな人とかっていうことを考えると、絶対生半可なものであってはいけないわけでしょ、歌とか。人に聞かせる歌は特にね。だからそれを思うと前からそういう印象も強かったけど、なんか、そういうことをやりたかったのかなとちょっと思ったりもしたんですけど。
中村 いや、そういうことをやりたいてすね。自白して。なんかこの前さ、人と話してて、音楽やるために歌を書くっていう人が多いって言うの。だけど俺、逆なんだよね。歌を書いたら、それが音楽だった、っていうかさ。もちろんそういうつもりだけど。だから音楽とか歌って自己表現でしかないと思うし、だから伝えたいこととか言われてもさ、難しいよ。歌書くこと自体、それだから。それ以外はさ、もう信じられないっていうかさ。歌ってても気持ちよくない。
――ああ、そうでしょうね。
中村 やっぱり、いちばん自分が歌ってて気持ちいいのはさ、自白しまくって、俺、恥ずかしい、みたいなさ、そういう歌っていうのはやっば本当だからさ。ま、本当って、何が本当かよくわかんないけどざ。そんな気がするんですよね。


じゃ、ライブで歌うときはどうなんだろう、例えば「WONDERFUL LIFE」でレコーディングした曲が、作ったときと、今と、違う存在感であるのだとすれば――。次々に質問が頭をよぎる。中村敦は答える。「不思議なものでね、やっぱムキになって作ったものっていうのは、なかなかパッて捨て切れなくなっちゃうっていうのかな」ポンと差し出した質問に、彼はわかりやすく答えてくれた。塚本晃はしばらく黙っていた。音楽をめぐる言葉の放出に疲れたのだろうか。彼らがそのときの気持ちを素直に、あるいは高揚させて作った歌について、あとから説明を求めることがどんなに矛盾したことか、私にもよくわかっている。気持ちを言葉にするなんて、音楽に比べたらずいぶん面倒なやり方だ。けれど、私は質問する、"これはどんなふうに?""あれは何のために?""どうして?"敢えて言葉だけのライブを体験してみたいと思う。彼らにとって、それが居心地のいい場所でないと知りながら、もっと確かめてみたくなる。
 言い訳なし、説明無用の別天地をイメージさせる名前の、このむさくるしい風貌の2人は、音楽をめぐる言葉の迷宮で、丁寧に道を探す。しっかりと出口から差し込む光を見据えながら。私は、彼らの次のライブに出かける。そして、どこかで彼らとばったり出くわしたら、再会を喜んで、また、次の質問を投げかけるんだろうな。


君だけにラジヲ―FM802 MUSIC GUMBO FRIDAY
森田 恭子

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